「マルドウック・スクランブル-圧縮-」、新年、一本目の映画として鑑賞。
実はキャラデザインや声優から、少し不安がなかったわけでないんだけれども、
観てその不安は一気に解消。
漫画版は原作を以下に噛み砕いて新しく描くかということを見事に成功してみせたが、アニメの方はというと、原作の持つ生々しい臭いや雰囲気を忠実なまでに再現してみせた。
完璧なアニメ化と言ってもいい。
もちろん映画としても完璧だった。
キャストも違和感が観ているうちに無くなった。
バロットの林原めぐみは本当に素晴らしい演技だった。
彼女の演技以外バロットは存在し得なかった。
それほど難しいキャラと言ってもいい。
何故かというと、アニメには過去も今も未成年の娼婦が描かれたことはなかったからだ。娼婦そのものを実態を伴って描くことはアニメにおいては全くなかった。
スカイ・クロラが初めて実態の伴う娼婦を描いたと言われてるが、今回の作品は更に低年齢化した少女の娼婦である。実写の世界でもまず見かけることないキャラクターである。この限りなく難しいキャラクターを等身大に演じるのは正直、相当な苦労があったと思う。
林原めぐみの演技は本当に素晴らしかった。
少女を描くということに関して、アニメキャラとしてではない設定の実年齢に見合った少女として演じきった。そして同時に、少女の持つ特有のエロスも内包してみせた。
バロットは実年齢の少女の脆さとエロスを持ち合わせたキャラクターである。
これを演じることの難しさを林原めぐみはこなしてみせた。この演技だけでも十二分に素晴らしい。
絵としてもその演技に見合うだけのものがある。
マルドウック・スクランブルはその物語自体が崇高な魂の復活劇であると同時に、エロスとバイオレンスを存分に描かれたエンターティメントだということをこの映画では描いて見せている。
おそらく、これ以上完璧なアニメ化はなかったのではなかろうか?
多少デザインに違和感を持たないわけでもないが、とにかく愛らしいバロットやウフコックには満足を覚えた。小説以上に彼女彼らは愛らしいと思えた。
話は変わるが、この作品、未成年の性描写や裸体がアホほど出てくる。
近年のアニメや漫画に対する性表現、特に未成年の性表現に対する風潮を考えるとこの辺り、相当勇気のいる表現だったと思う。
だが、それがこのバロットを取り巻く状況を描くためにどうしても必要なのである。
彼女には味方がいない、孤独な戦いをしてきた彼女の取り巻く状況を観客に理解させるためにはどうしたって絵で訴えるしかない。表現のためにあえてその部分を恐れずに描ききってみせた辺り、監督や演出のこの作品の意気込みが伝わってくる。
こういう表現を恐れては、伝えたいことも伝えられない。
表現するものにとっては、この辺りとても考えさせられる部分だった。
とにかく新年早々、素晴らしい作品を観た。
次の『-燃焼-』も楽しみだ。