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第9地区観た

凄かった。素晴らしかった。
ホーキング博士の言い分が正しければ、今の地球人にとっての未知との遭遇はこの映画のような「ファーストコンタクト」になるのかもしれない。
そう言う予感さえさせる映画だった。

同事に日本のロボットアニメはまた実写に追い越された。
たった一体のパワードスーツを存在感たっぷりに格好良く見せる演出力。

語ることは山ほどあるが、今日はコレで。

レンタルで映画見る楽しみ

レンタルで借りると大体、宣伝がつくじゃん?

意外にチョイスが良いんだよね、レンタルのDVDの宣伝って。


それをテキストファイルで控えておくようにして、そっから叉借りてみるという感じで今見てる。メジャーものだと宣伝いっぱいしてるからわかるけどマイナーなとこだと自分で見つけない限りわからない奴はわからないから、レンタルDVDの宣伝は貴重です。「シューテム・アップ」もそれで見つけたしね。


僕の身体の3割ぐらいは映画が必要。

ミッキーは蘇った。

「レスラー」ようやく観た。
もう観よう観ようと思い、ずっと観ないできたが、


あのラストシーンは卑怯すぎる!

長年無茶してきたツケがたたって、とうとう心臓を患ったレスラー。
引退を余儀なくされ、彼は新しい人生を探す。
長い間音信不通だった娘、ストリップバーのなじみのダンサー、そして新しい仕事…そうして新しい人生へと歩もうとするが……


昨日の「ANVIL」観た後だから、余計こいつは切ねぇぞ。


全てのシーンが一つ一つ丁寧にゆったり描かれてるんだよね、試合前のシーン、試合のシーン、日常のシーン……、そしてここまでやるのかってくらい、ミッキーの醜い部分……ドラッグと暴飲暴食でかつての美青年の面影が全くないたるんだ尻、痛んでみっともない肌、映画俳優が観られたくない全てを撮り収めてる。だから、そこに映ってるのはもうミッキーじゃなくて老いた孤独なレスラーなんだよね。すごいよ、もう痛々しくてさ。

痛痛しぃと言えば、試合のシーンは本当痛い!観ててアレは痛い!
イヤ、本当の意味で痛そう。
ホラーとかでスプラッターとかゴアとか慣れてる方だけど、こっちの方が遙かに痛そうで目を覆いたくなった。アレ嘘でもマジ痛いと思うよ、多分。
劇中でも試合の段取りをするシーンがあるけど、そう言うのしたとしてもやっぱ痛いと思いますプロレス。そういうのちゃんと上手く撮ってるし編集してて良かった。もうちょっと適当にやってると思ってたから逆に引いたぐらい(笑)。ストリップ・バーのストリップ嬢も徹底的に良かったし、トイレでゆきずりの姉ちゃと決めたときも、お姉ちゃんのあえぎが最高。あそこまでやれば女優の鑑。暴力もエロも徹底的にやってる辺りもう最高ですこの監督。

だけど、本当に痛いのは主人公の人生そのものだったというね。
観ていて段々悲しくなる。何も残らないし誰も振り向かなかった人生。
全部にそっぽ向かれた瞬間のあの何とも言えない孤独感。
コレ読んだら、とっとと借りてみて欲しい。


結局、主人公はリングに戻る。
ヒロインのストリップ嬢は最後たった一度だけ、彼を引き留める。
主人公もヒロインも「華やかな世界」と「現実の世界」の両方で生きている。だけどリングへ入る間際に彼が言う。

「痛いのは外の世界だけだ。もう俺には外で誰も待っていない……ホラ、やっぱり向こうが俺の世界だ」

そしてヒロインは「華やかな世界」から目を背け、主人公は本当にひとりぼっちになる。ファンだけが彼を待ってるから、彼はリングに戻るのだ。


この映画を知ったのは確か新聞の記事かなんかで、監督が安い予算でもいいからミッキー・ロークで主役じゃなきゃ絶対イヤだと言い切って、ミッキーがえらく感動したって話を書いてたんだよね。

確かにこの映画でミッキーは蘇った。かつてのセクシーな男はドコにもいない。だけどこの映画でミッキーは蘇ったんだと俺は思ってる。

この映画のラストシーン、主人公は自らの世界へと行き、そしてミッキーは俳優として蘇れたとすれば、少しは気分は安らぐ。

とりあえず、観てない人借りて観て欲しいな。
俺は何度でも観るよ。一人でも。

ベッソン映画、またもパリで悪人大虐殺

「96時間」観たぜ。

リュック・ベッソンが制作と脚本を勤めているが、監督はピエール・モレル。
新鋭の監督みたいで、正直言えば、最近のリュック・ベッソンの様に大味なアクションは一切せず、無駄なく必要な部分で「見せ場は最小限にとどめつつ最大限、見せる部分を見せる」事を貫いている。おかげでベッソンの初期のような、或いはそれ以上の、鋭さとストイックさを映画にもたらしてる。

リアム・ニーソンが元CIAの父親役で、旅行先で人身売買目的で誘拐された
娘を取り戻すために、パリを縦横無尽に駆け巡って、片っ端から悪人どもとその関係者全員を


「血祭りに上げる」


という、ベッソンらしいと言えばベッソンらしい脚本です。


ベッソン映画のテーマと言えば必ず「父と娘(中年と未成年の少女)」!
そしてタクシー!!
悪徳警官も忘れてはいけない(警官に恨みでもあるのか、ベッソンは?)

そんでもって最近は必ず、パリに海外のエージェントやら刑事やら呼んでは
必ず、悪人及びその関係者を


「血祭りに上げる」

これがベッソンです!!
やってる事はみな全部「キス・オブ・ドラゴン」です!!
「WASABI」はアウェー(日本)だから、人死には最小限だったけどな!

さて、そのリアム・ニーソンだが、相変わらず渋い渋すぎる!!
さっすが、「特攻野郎Aチーム」のハンニバルは違う!
なにせ、「タイタンの戦い」でゼウスやった人ですよ?

こんな親父に目をつけられた悪人とその関係者は運がなかったとしか言えない。

娘思いの親父の電話の前で誘拐が行われて、元CIAの実力とコネを駆使して、パリに直行。人身売買組織が誘拐した「商品」が彼らの手から離れるのが「96時間」!

どうでもいいですが「96時間」ってタイトル。
最初「48時間」の新しいシリーズかと思いました!!
原題が「TAKEN」なのに紛らわしい放題をつけるなといいたい。

で、リアム扮する親父が、誘拐現場になってしまったステイ先に潜入して、証拠を片っ端から集め、まず空港近くで、娘を「人選」した人選役の男をぼっこぼこ。この男の顛末があまりに悲劇過ぎるので(当然の報いと言えばそれまでだが)、是非観てくれ。いやぁ、出だしからあんまりすぎる。

またパリにリアムがやってきたおかげで、冷や汗が止まらぬパリの警察関係の皆さん、そしてそのせいで酷い目に遭うその家族、娘の電話で親父に挑発をくれたがために「死ぬよりももっと恐ろしい目に遭う」アルバニア人の人身売買組織の悪党の面々。更に、その商品を売る場所を提供した方々、買ったがために問答無用で「ロクな死に方」をしなかった金持ち。

パリの悪い人間を片っ端から容赦なく正義の鉄槌を喰らわすリアム、格好良すぎる。悪党も何というか見ていて痛々しくて可哀想なのだが、

なにせ相手は麻薬漬けにして女の子を人身売買したり売春を強要させたり、その行為を見て見ぬ振りをするどころか金まで貰ってたりするような連中です。おい、ベッソン、お前パリの人間を悪者にする気か?

そういう反吐がでるような下衆ばかりなので、リアムの怒りの鉄槌が振り下ろされる部分はとても気持ちいいです。大抵こういう映画になると、ハリウッドだったらアクションとかも大味になるし、派手な爆発もあって、映画自体がB級の匂いでぷんぷんしそうなもんですが、そこがベッソン制作、そこがフランス仕込み!!というか、最近のベッソンもなんというか昔みたいな鋭さが無くなってるけど、今回はその辺りは上手く解消されてた。


とかく父親が娘のために血を流して悪党を皆殺しにするのはみてて、

きもちいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!

なんかそういえばそんな映画、昔もありましたね。
「第三次世界大戦だ!」とか言ってる映画が確か。


とかく、元CIAとか元コマンドーとかそう言う親父を持つ娘には手は出しちゃイカンと思うのですよ。死ぬより恐ろしい目が待っている。

REC2観たぜ

「REC2」観た。DVDでようやく観た。正直映画館で観なくて良かったと思ってる。勿論、「怖い」と言う意味だ。

クローバーフィールドに代表される、POVというジャンルの映画で、カメラマンの視点(一人称視点)で話が進むタイプなのだが、今回は前作の直後から始まってる。

もう散々ここでも取り上げたので今更説明する必要もないが、前作「REC」は早い話が「集団感染モノのゾンビ映画(正確にはゾンビではない)」と言った方が早い。ヒロインのリポーター「アンヘラ」とカメラマンが番組で追いかけてた消防士と共に、通報があったアパートにやってきて、そこで信じられないような事態に巻き込まれる。しかもアパートは何故か、警察によって封鎖され、保健局からやってきた男の説明では「ウィルスによって感染した恐れがある」という事で外に出ることが全く出来なくなった。感染者は次々と増え、アンヘラとカメラマンは最上階の部屋で逃げ込む。そこで目にしたモノは……というのがRECの大まかなあらすじだ。

REC2もこの直後の話なので、俺としてはSWATの隊員と感染者達の壮絶な「殺し合い」が繰り広げられると思ってた。イヤ、誰もがそう思ってたはずだ。これがさ……「予想斜め上」の展開するんだよ。イヤ、マジで驚いた。

「ゾンビホラーだと思ってたのが、オカルトホラーになったとかマジで意味わからねぇ」

以下ネタバレ含む

愛・愛・愛、それ以外の言葉がない

俺テレビ持ってないの。
だから香取くん主演の座頭市、今日知ったの、笑ってちょうだいな。

別に香取くんがさ、市やるのはもう文句言わんよ。
いかんせんボリューム不足な感と貫禄が足らないのはいいよ。
あれで、何で若い頃とかいう設定にしないのか、その辺りが意味わからないのもいいよ。アレでラストとか言い切っちゃうのもいいよ。


でもさ、なぁ、なんで市でさ「恋愛映画」にする必要あるのかなと思ったわけ。あれってもう今時のラブストーリーじゃない。時代劇と呼べないよ全く以て。「ICHI」の時もそうだけど、なんで恋愛要素入れたがるんだろうね?別にさ、恋愛はあっていいんだよ。勝新が監督した奴もそういうのはあったんだよ。確か濡れ場もあったかも。

勿論エンターティメントで恋愛やらない方がどうかしてるだろうさ。
でも、れっきとした時代劇としての恋愛モノなわけよ。
そもそも座頭市の恋愛ものなんて艶があってもさ、上品になるわけないじゃん。そう言う意味での「今時のラブストーリー」って言ってるんです。
香取くんや石原さとみでうねるような熱い濡れ場をご披露できますか?
いや、そうでなくともしっとりとした恋愛を空気を作り出せますか?
出来ないでしょう?だって予告で散々言葉に出して語ってるんだもん。

勝新はそれが出来たんだよ。
あの人はしっとりとした恋愛劇だろうが、うねるような熱い濡れ場だろうが出来た。たけしはそう言うのは絶対に絵にならないって自分でわかってたから非道な人殺しの市に徹したんだよ。

香取くんがそう言うのに向かないのはわかるとしても、だからって今時のラブストーリーに仕立てなくていいじゃんって、それも座頭市でだよ?「ICHI」でさんざんやってダダ滑りしてんのにさ。

俺、アレはないとか思ったモン。
だったら香取くんがひたすら暴れててくれた方がいいよ。それだったら観に行ったよ。病院のテレビでちょっと見に行こうかなって思って、今日帰ってきて予告観たら、泣けたよ。


いや、何でこんな話したかというとさ、もうひとつあるんです。

「死刑台のエレベーター」が日本でリメイクされるわけジャン?
アレの予告も酷いよ?全く原作の陰鬱な恋愛劇の雰囲気がなくなってるじゃない。


不思議なんだよね?今の日本映画って「愛」って言葉いれないと絶対成立しないんだよね。宣伝もやたら強調するんだよね。アレ不思議でね。
それでいて、つまらないんだよね。あんだけ「愛・愛」言われたら行く前から醒めるよ。恋愛映画だったらいちいち語らなくて言いじゃないって。

宣伝時にやたらそれ強調するし、それを語るよね。

逆に言うと「愛」という言葉以外で、映画を語る言葉が今の日本の映画にはないんだなって思ったんだよ。ありえないじゃん、それ。
でも「愛」って言葉以外では全く語れなくなった。だから必ず「愛・恋愛」がないと成立しない。


でも、その「愛」って言葉の内実も、実にボキャブラリーがないんだぜ?
最近の映画のキャッチコピー……特に恋愛映画なんか、逆にない方がいいんじゃないか?ってくらい皆似たようなもんばっかなんだよ。日本の恋愛観ってこんなモノなのかって思うくらいボキャブラリーに欠ける。

だから死刑台のエレベーターのリメイクもあんな……うぅぅ。
フランス映画独特のあの陰鬱な匂いが全くないじゃないの!!!!

そんくらい、なんでも恋愛要素入れないと日本映画が成り立たないのかとか思います。でも濡れ場はない。男と女が燃えたぎるような熱い恋愛をするならば濡れ場は必要だよ、大いに必要だよ!!!でもやってないじゃん!最近の映画は!井筒監督だって最新作はきちんとやってんだよ!押井監督だってアニメでもきちんとやったんだからよ!!そういう部分で今の日本映画の「恋愛」ってやつが薄っぺらく思えてさ。

だからそう言うモノを「座頭市」に持ち込むなって言いたくなったの。

それはともかく、今回の奴観て、改めてたけしの座頭市が如何に凄いかよくわかった。座頭市はやっぱ勝新の映画だよ。勝新以外あり得ないんだよ本来。そう言うキャラにもう仕上がっちゃってるんだから。

俺は実はそこまで観てないんだよ、座頭市って。
初期の頃の幾つか見たけど、初期のはもう観れたもんじゃないから。それは自分が今の映画のリズムやテンポやカメラワークになれてるからとてもじゃないけど初期まで来ると観れない。斬ったときの効果音も無いし。その程度のことなんだけどさ。

一番好きなのは評価の分かれる最後の作品の方。
あれから入ったってのもあるけど、アレが市だと思った。
あの既に老獪に入って、貫禄が増して若いときよりも更に野性的になったあの老いた市が本物。

たけしのはファンから言わせれば異端も異端なわけ。
どうかんがえても野性的で貫禄がある勝新と比べて、「妙に胡散臭いおっさん」にしかみえないわけ。だから金髪で正解。アレで「トコトン胡散臭い」親父になった。

たけしの座頭市って最後のタップダンスが注目されがちだけど、あの映画オリジナルより相当殺伐としてるよね。何でかって言うとたけしの演じる市は冷酷無比なんだよな。逃げる奴延々と追っかけて殺すような奴なんだよ。
それでいてまるで感情も何もない。元々あの人の映画の暴力自体がドライなんだけど、ホントあの座頭市はドライだよね。勝新だってそこまでやれなかったよ。たけしの市は冷え冷えとしてて乾いてる。だから途中のくだらないギャグもラストのタップダンスも活きてるんだよね。あれがないと、いつものたけしの暴力映画にしかならない。

その絶妙なバランスを作れたから、たけしの座頭市はオリジナルと対等になれたんだよね。初めっから出来もしないことはやらないって、オリジナルとは全く違う座頭市やってるんだよね。

普通はあぁはならないと思う。
今まで散々リメイクだの何だの観てきたけど、やっぱ過去の作品に引きずられたりするし、そうかといって今時の要素も入れなきゃイカンし、そうなると普通は今回の座頭市みたくなるよ、どうやっても。
香取くん大好きだけど、あれ絶対残らないよ映画としては。

オマケに馬鹿正直に二黒髪だしね。金髪の方が似合うんだからそうすればいいじゃないって(笑)。

なんというか、ホントね、リメイクするならもっとケンカしろって思うね。
観る側と、オリジナルのファンと、あと色々さ(笑)、そう言うのとケンカしてオリジナルをぶっちぎるリメイク作れよって言いたくなるよ。
リメイクなんてそもそもが割の合わない勝負なんだから。初めから負け戦なんだからせめて雄々しく戦ってくれと言いたくなるよ。

ドラえもん映画で美少女の全裸がスクリーン全部に移っても許された時代

のびたと鉄人兵団見たよ助三郎。


あれ、昔々見てなんかロボットがあんまり活躍しないから寝ちゃって一度も最後まで見てなかったです。

なので、今回ようやく最後まで見れた。
結構渋いお話なのね。
しずかちゃんとリルルが中心となってたのは意外だったかもしれん。


あと、まぁ、なんですか


あそこ以外全部見せてるあたり、当時は非常におおらかというか、
ドラえもん映画で興奮しまくったのはコレが多分最初で最後ですね。
次のリメイクにゃもう拝めないだろうな、リルルの乳首。


乳首まで描いてるとは思わなかった、ピンクに塗っていないけど。

子どもの時はそう言うのあんま気にしてなかったのかなぁ。
憶えがないんだよなぁ、やっぱ寝てたんだなぁ。


次は美夜子さんだろ!常識的に考えて。

第9地区

ピーター・ジャクソンの『第9地区』ってもう日本で公開されてたのか!

コレは是非とも見ねば!

最初にプロモ映像観たときに、久々にピーター趣味に走ったなとか思ったんだけど、いつの間にか『ラヴリー・ボーン』とかが出てきちゃって、その影に隠れちゃってたからピーターどうしちゃったのかなとか思ってたんだけど、ちゃんと作ってたんだね。


しかも恐ろしいのは『ラヴリー・ボーン』のような感動しちゃう作品と同事にあぁいう宇宙人とかパワードスーツとかそう言うのが暴れる映画を作ってるとこだよな。どういう神経してるのかよくわからん。

だけど、そんなピーターが俺大好き。

アウトレイジ

http://office-kitano.co.jp/outrage/main.html


恐らくここまでわかりやすいぐらい暴力映画撮ったの、スンゲー久々じゃない?もの凄く期待してるんだよね。北野武の本領発揮。

そもそもタイトルの時点でぶっ飛んでるなとか思った。
アウトレイジなんて格好いいよな。


この映画の見所は普段ぶち切れた演技をしない人が、トコトンぶち切れまくってるトコがミソです。

みてぇえええええええええええええええええええ!!!!!!

ロメロじいさんの3度目の意地


ランド・オブ・ザ・デッド以来、ロメロも安定してゾンビ映画作れるようになったのはいいけど、その間に面白いゾンビ映画が出過ぎたせいか、ロメロはひたすらキャラ作りに力入れてる気がする。最近、益々キャラ作りに磨きかかってるよ。

多分ゾンビでわーっ、みたいな映画とかあんま興味なくて、キャラクターに磨きがかかってれば、あとはどうにでもなるという感じでやってるんじゃないかと思う。

ロメロのゾンビはフィギュアにしたくなるぐらい(というかフィギュア売ってるんだよな)キャラ立ってるんだよな。

そこが他のゾンビ映画と決定的に違うトコなんだと思う。
もしかすると、ロメロは今でもホラー映画を作ってるって意識無いんじゃないかなと思う。

少なくとも他のホラー映画の監督と比べると、どこかズレたところでホラーを作ってる。

ハリウッドで勝負しようと思ったときから、ロメロは巷のホラー路線に合わせて勝負しようとしたけれども、結局、どれもこれも上手くいかなくて一時期干された。

復活したときに作った、ランド~に至ってはゾンビの出るタイミングとかもうクラシックのレベルで正直見てられんかった。

そんな感じで、どうもロメロはハリウッドと決別して、ホラーらしくないホラー映画で勝負することに決めたみたいだ。

ダイアリー・オブ・ザ・デッドはゾンビファンには評判が悪かったが、凄くロメロらしい『外し方』で見てて気持ちよかった。

ロメロは僕が思うに素晴らしい映画監督とは思わない。映画としてのスケールの獲得とかレイアウトとかはあまり上手いとは思わない(死霊のえじきは別、アレだけは別格です)。

絵作りなら、ザック・スナイダーのリメイク版の方が断然格好良いと思う。

でも、ロメロの映画はちゃんと映画として成立している。
それはロメロのキャラ作りのこだわりが大きいからだと思う。
ザック・スナイダーのリメイク版は、観ていて気持ちいいが、そのキャラ作りがイマイチ足らない。

だからロメロのファンにぼっこぼこに叩かれたのだと思う。ロメロゾンビのファンのザック・スナイダーのリメイク作品に対する誹謗中傷、無理解に関しては反吐が出るが、ザックはPV出身で、恐らくキャラクターを映像を作る上でのパーツとして考えてるのだと思う。

PVはそう言う作り方をしているから、それが当たり前なんであって、気持ちいい映像を作る上でキャラクターというのは映像のパーツにしかならない。

であるからこそ、ゾンビを走らせるという方向を躊躇なくやれたんだと思う。ゾンビを暴力的なモンスターとすることで、ゾンビ映画はエンターテイメントとしての気持ちよさを手に入れたが、代わりに映画として必要な『キャラクター性』を作ることがとうとう困難になってしまった気がする。

走るゾンビにもはやドラマが生まれようもない。

ゾンビ映画のファンは、ゾンビ自体のキャラクター性も大事にしたいと思ってる。だからロメロのファンは、ザックのリメイク版をクソだと思ってる。そしてその考え方は半分正しい。

ゾンビ映画が一時期、第一線から消えた理由は、遂にロメロ以上に個性的なキャラ作りが出来たゾンビ映画が出てこなかった、と言うことに尽きる。

いや、バタリアンとかブラインド・デッドとかゾンビのキャラが立ってる映画は確かにあったさ。だが、それでもロメロのもつキャラクター性は超えられなかった。ロメロには確固たる信念でゾンビも登場人物も造形してた、と思う。ロメロ以外のゾンビ映画の作り手達が、その事に最後まで気づかなかったがためにゾンビ映画は品のかけらもない色物に成り下がった。

そもそもキャラが駄目で映画としても気持ちよさもなんもないとすれば、そのジャンルにどんな価値があるのだろうか。

ザック・スナイダーは観ていて気持ちいい映画としてゾンビ映画を上手く昇華させたと思う。

しかし、ショーン・オブ・ザ・デッドみたくキャラ作りが出来ている方が、ゾンビファンには評判が良かった。ザックのリメイク版が好きな俺としては納得がいかないが、その辺りは理解できる。


なんか長々と書いてしまったが、すべからく映画にとってキャラクターを如何に作るかという部分はとても重要なな要素なのだと、改めて思わさせられた。


それは人間に限らず、怪物にしろ異星人にしろ、キャラクター造形こそが映画にとっては必要なんであって、どんなに格好良い絵作りも演出も、キャラが立ってない作品はすべからく忘れられる。

そして、それは小説でも漫画でも同じ事が言えるんじゃないかと思う。


ロメロがゾンビ映画の巨匠であり続けられるのはそこが大きいわけで、逆を言えばそれ以外全く何も取り柄無い。いや、本当に。

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